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東京高等裁判所 昭和27年(う)4156号 判決 1953年2月23日

控訴人 被告人 西あさ

弁護人 江幡清

検察官 野中光治

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

本件を水戸地方裁判所に差し戻す。

理由

被告人本人及び弁護人江幡清の各控訴趣意は別紙記載のとおりである。

まず弁護人の論旨の一について検討するのに、原判決は、被告人が(1) 昭和二十七年七月二十日頃自宅において小田保雄から覚せい剤であるネオアゴチン二cc入約八十本を譲り受け、(2) その頃同所で同人から同じくネオアゴチン約七十本を譲り受けた事実を認定判示したほか、さらに(4) 四月二十三日頃自宅でネオアゴチン二cc入八十本を所持した事実をも認定判示し、以上(1) (2) 及び(4) の各所為をいずれも独立した罪として他の(3) の罪と併せ刑法第四十五条前段の併合罪として処断しているのであるが、原判決が証拠として挙示した被告人の検察官に対する昭和二十七年七月三十一日附第二回供述調書によれば、右の(4) のネオアゴチン八十本というのは(1) 及び(2) において被告人が譲り受けた合計約百五十本のうちの一部であることが明らかである。論旨は、他より譲り受けることによつて所持するに至つた場合には譲受行為のみが処罰さるべきでこれに引き続く所持は処罰の対象にならないと主張する。しかしながら、覚せい剤取締法がその第十四条において一定の場合のほか覚せい剤の所持を禁止し、その違反を第四十一条第一項第二号によつて処罰することとしているのは、特にその譲受に基くものを除外する法意であるとは解し難い。むしろその縁由のいかんを問うことなく、正当ならざる所持をそのものとして罰するというのが右の規定の趣旨とするところだと考うべきである。従つて、本件においても、所持の点が処罰の対象から除外されるとする見解は採用し難い。ただ、この場合、譲受行為とこれに引き続く所持とがそれぞれ別個の犯罪を構成するかどうかは一つの問題であつて、この両者はいわば、一個の意思の発動に基く一連の行為であるにすぎず、譲り受けた者がこれをそのまま所持するのは自然の状態だともいえるのであるし、譲受を禁止しこれを処罰する同法第十七条第三項第四十一条第一項第四号と所持を禁止しこれを処罰する同法第十四条第一項第四十一条第一項第二号とは畢竟同一の法益を対象としたものと解すべきであるから、もし覚せい剤を譲り受けた者がこれをそのままの態様において所持していたにすぎない場合においては、その譲受と所持とは、あたかもかの昭和二十二年政令第百六十五号第一条第一項に違反して連合国占領軍の財産を収受した上これを所持する場合が包括一罪と解せられる(最高裁判所昭和二五年(れ)第一一二六号同二六年二月二〇日第三小法廷判決及び同、昭和二四年(れ)第一七二八号同二五年七月一三日第一小法廷判決参照)のと同様、包括して一罪を構成するにすぎないと解するのを相当とする。もつとも、覚せい剤を譲り受けて引き続きこれを所持する場合においても、その中途においてその所持の態様に変化を来し、社会通念上新たな所持が開始されたと認められる場合においては、それ以後の所持とそれ以前の所持とは別罪を構成し、併合罪の関係を生ずるであろう。その間の法律関係はさきに最高裁判所大法廷が昭和二十三年(れ)第九五六号事件についての昭和二四年五月十八日の判決で詳細に論じているとおりである。してみれば、本件において(4) のネオアゴチン八十本の所持が(1) 及び(2) の譲受と罪数上いかなる関係に立つかは、その譲受から当該所持に至るまでの具体的事実関係を明らかにしなければ決定することができない筋合である。しかるに、原判決の引用する証拠によると、右(4) の八十本が(1) (2) を合した百五十本の一部であるということが認められるだけで、そのいずれの一部であるかも明らかでないし、(1) (2) の譲受当時の所持と(4) の所持とが同一性を有するかどうかも全然明らかでない。記録に徴しても原審においてこの点につき審理の尽された形跡はないのである。しからば原裁判所の訴訟手続にはこの点に関し未だ判決をするに熟しないのに判決をした審理不尽の違法があるといわねばならず、この違法が判決に影響することは明らかであるから、論旨は結局理由があるというべく、原判決は破棄を免れない。

次に、職権で調査するのに、原判決はなお(3) として、被告人が七月二十三日頃自宅で小田ヤスに覚せい剤であるネオアゴチン二cc入三十本を代金三百円で売り渡したいという事実を認定判示し、その証拠として被告人の検察官に対する供述調書と同人の任意提出書と押収にかかるネオアゴチン六十四本及び空アンブル十六本とを挙示している。しかしながら、右の押収品は被告人が小田ヤスに売り渡したという物ではないのであつて、なんら右売り渡しの事実の証拠となるべき性質のものではないから、右の事実につき被告人の自白の補強証拠とはなりえないものである。従つて原判決にはこの点につき被告人の自白を唯一の証拠として事実を認定した違法があるというべく、この違法が判決に影響を及ぼすことは明白であるから、この点においても破棄を免れない。

以上の次第であるから、その他の論旨に対する判断を省略して刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十九条により原判決を破棄し、同法第四百条本文に従い本件を原裁判所である水戸地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)

弁護人の控訴趣意

原判決は第二(1) (2) において被告人が小田保雄より覚せい剤ネオアゴチン二cc入約百五十本を譲り受けたること第二の(4) において同覚せい剤二cc入八十本を所持したることを各認定しこれを各犯罪として処断し而して右所持の八十本が右譲り受けの約百五十本の一部であることは判決援用の証拠により明であります。

然るところ右譲り受け行為は通常譲り受け後の所持を包摂し居るものと解す。即ち譲り受け後に新に不法なる意思の表現例えば他に譲り渡す等のことなき限り譲り受け後単に所持したるのみにては所罰の対照たることを免るゝものなりと解す。此の種の法律の罰則が、目的物件(例えば本件のネオアゴチン)の所在数量を明にする為に存するものとの立法理由に照すときは右解釈を以て妥当なるものと解す。果して然らば原判決は処罰すべからざる第二の(4) の行為を処罰したるものにて刑事訴訟法第二百八十条の法令の適用に誤があり破棄を免れざるものと信じます。

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